2015/08/15 終戦記念日に思う

70回目の終戦記念日。
毎年この季節になると新聞・テレビに戦争や原爆を特集した記事・番組が花盛りとなる。
これに私は何か違和感を感じるのである。

亡くなった兵士の遺族の話を聞き、米軍の無差別爆撃の惨状を経験者が語る。またはそれらをドラマ化した番組がスペシャル枠で放送される。描かれるのはいずれも私の父母と同世代の人たちである。私の父も実際に経験し、生前直接聞いたこともあるシベリア抑留の体験など、年端も行かない18、9の少年が遭遇する経験にしてあまりにも過酷で酸鼻を極めるのである。

先の大戦でなくなられた人々にたいしては哀惜の念を禁じえないし、むざむざと死地に追いやられた若い兵士のことを思うと時の政府と軍部の無責任と残虐性と愚かさに胸がつぶれる思いがする。

それにも関わらずこの時期新聞紙面やラテ欄を埋め尽くすこれら情感たっぷりに描かれる戦時下エピソードには何か意味があるのかしらと常々思ってきた。

ちょうどお盆の時期と重なってしまうため、戦争で亡くなられた人たちへの慰霊と、戦争を語るという優れて政治的・軍事的な話がごっちゃになってしまったということがあるのかもしれないが、この季節になると我々日本人は果たして戦争をまじめに考えているのだろうか、或は考えることができるのだろうかと少し不安に思うのである。

亡くなった人たちのことを想い、或はそのエピソードを聞いて涙するのは当然のことで、その気持ちに違和感を持つということではない。この季節に戦争の名を借りた情感あふれるお涙頂戴の毎年のルーティン番組に果たして意味があるのかというのである。

この季節こそ先の戦争と近い将来日本が直面するであろう戦争の可能性について深く冷静に考えてみる必要があると思う。絶対に涙となさけで戦争は防げないし、情は熱を持ちつつ簡単にベクトルを変え戦端を切る火種に成るし、泥沼化する戦争の燃料になるのである。

「気に食わない国にはミサイルでもお見舞いしてやれ」というのも、この地上から戦争をなくすために「不戦の誓いを立てる」というのも感情に支配されつつ思考を停止しているということでは同類のように思う。

あの戦争は平静はまじめで大人しく、論理だって考えることが苦手で、何よりも「空気」を恐れ、ある局面では世界でも類を見ないほどの無責任な人種に豹変する我々日本人が、なんとかなるだろうと恐るべき楽観主義の元に始めた史上まれに見る愚行なのである。

これらの番組や新聞記事の論調にはこの地上から戦争を根絶するという理想が語られるが、今を生きる人間たちが一番賢いなどと思い上がらない方がいい。有史以来人類は戦争に明け暮れてきた訳だし、この先も人類が存続している限り戦争はなくなるはずはない。人類がここに来て突然善良になったなどと誰が証明できようか?たまたま核兵器の出現により世界的な大戦というものが70年間起こっていないだけである。

せいぜい私たちにできる事は日本の国土と国民が戦争の惨禍にまきこまれないような方策を全ての叡智と狡猾と手段を結集して考え、実行するくらいのものである。

各大陸に新興国が台頭し、政治的・軍事的に多極化がすすみ、近い将来必ず現出するであろう軍事均衡が根底から崩れた世界。不戦の誓いを胸に非暴力と無抵抗を貫き多数の犠牲を払うことにより人類に貴重な教訓を与えてくれた日本人よありがとう。などと各国の未来の教科書に何行か記述されるだけなど少なくとも私はごめん被りたい。

日本国民に向けてどんな戦争反対の美辞麗句を重ねても戦争は相手がいることである。準備がなければ「戦争反対、我が子の命を守りたい」という優しい感情が一発の銃声によってパニックを引き起こし、国をとんでもない方向に引き摺り込みかねないのである。感情論ではなく国同士が戦争に至る、或は泥沼化するメカニズムを徹底的に研究し、教育にも反映し、また為政者や外交官僚にはこの国に戦渦を近づけないための極めつけの狡猾さが要求されるのである。

国内では多様性を認める教育を徹底的に行うこと、偏狭なナショナリズムが台頭しないよう、風通しの良い国を作るということ。戦時下のエピソードだけではなく、戦争の正体について小学校の時から十分に考えさせること。他国の国民に対しては平和国家であることを強力に発信し、軍事的には誤ったメッセージを与えないよう、必要最小限度の軍備を効果的に配備し軍事的空白域とアンバランスを無くすための不断の努力が必要である。

パクスアメリカーナが終焉を迎えつつある今、太平洋を東西で二分割して統治しようという中国の提案に、いつしか国力の衰えたアメリカが同意する日がくるやもしれない。その混沌の時代、日本はどうするかそんなことも考えておく必要があると思うし、その時こそ日本が真に独立できる時かもしれないが、衰えたりとはいえ米国が在日米軍基地を始め戦利品として獲得した莫大な権益をただで手放す訳はなく、畢竟、国が独立するためには多くの場合、独立戦争という手段を伴うわけで、、未来を考えると暗くなるのである。

以上、終戦記念日に思ったことでした。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。