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2017/04/15 「吉澤嘉代子 一角獣」かたちのないもの

肉体という袋みたいなものの束縛、その内側から物事を見て、考えるから、万物は閉じられた形でできていると我々は取り立てて疑問にも思わず日々暮らしている。人間も動物も植物も細胞も星も宇宙も、それらを考えるときにはすべて丸か四角か三角かいずれにしろ閉じられた形を想像することになっている。

でも、肉体の束縛からつかの間自由になれる夢の中では、例えば「そこに女の人がいた」という本質のみでカタチのみえないシーンや、過去から未来へ進む時間の流れとはまったく違った夢を見ることがある。夢の中ではまったく普通のことだが、目覚めて見ると妙な気持ちになったりする。夢は脳が生み出した幻なのかあるいは現実なのかをNHKの「モーガン・フリーマン 時空を超えて」という番組でもやっていたが、あの番組を見るとあながち幻とばかりは言えない、違う世界のプレビューを誰かに垣間見せてもらっているような気持ちにもなってしまう。(この番組では、現実は本当に現実なのか? まで踏み込んだ内容になっている(汗))

そのあたりの事情を吉澤嘉代子(何と! まだ20代)が「一角獣」という作品で描き出してくれている。出だしはこうである。「夜の橋をわたると風に交ざり聞こえる、かたちの見えない一角獣」冒頭から何とも不思議なビジュアルを提示してくれる。それが一角獣であるという認識はあるのだが形のない何物かが現れる。

「誰かに会いたいのにそれが誰だかわかんないよ。あなたじゃないのは確かなはずだけど」形のない一角獣の向こうに誰かは分からないけどあいたい人がいる「どうやって言葉にしたらいいのかわかんないよ、1日中かんがえても」。朝を迎えて、ドラキュラよろしく一度肉体の中に収まってしまった意識はそれを言語化も造形化もできないのである。

「花のかんむりを紡ぎ夏を待っていた、幼きわたしにお別れのキスして」幼子は鏡に映る自分の姿(鏡像)を見てしまったのである。
不自然なかたちで意識を肉体の中に押し込めると、「あいたいあの人」がお別れのキスをしてくれる。既に記憶にはないが、してくれたはずである。

この歌は、ことばにできない、形を思い描くこともできないもやもやを優しく癒してくれる。吉澤のファルセットが首の後ろを引っ掴んで、私たちを共に夜の橋の向こうに引き連れて行ってくれるような心地よさもある。
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