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2015/10/18 インターステラー

以前、臨死体験についてへたな考えを述べたことがあったが、その事にもちょっと関連する「あちらの世界」のことがテーマといっていいんじゃなかろうか。父と娘の時空を超えた親子愛の物語を描きつつ「あちらの世界」の景色も見せてくれる。

環境の激変により作物が育たなくなり、植物による酸素供給もなくなり最終的に人類は窒息死するか餓死するかを待つばかりとなる。そんな「LOHAS」などと言っていられなくなった地球から、遥か彼方の居住可能な惑星を見つけて、人類を脱出させることをNASAの生き残りの科学者達が秘密裏に計画し既に探索を開始していた。

その計画に元NASAのパイロットであるクーパー(マシュー・マコノヒー)が巻き込まれ、図らずも惑星探査の任務を負わされ、家族を置いて深宇宙に旅立つことになる。

深宇宙まで到達できたり惑星間を自由自在に行き来できる宇宙船や人工冬眠による延命まで実現できているのだから、地球環境ももう少しなんとかなるんじゃないかとも思うがそれはひとまず置いといて、

計画は土星の近くにワームホールという宇宙の抜け穴みたいなものがある日出現して、ここを抜ければ目指す惑星に人間の寿命の期限内にたどり着くことができるというものであった。

アン・ハサウェイも出演していて2006年の「プラダを着た悪魔」の、この世のものとは思えない現実離れした美しさから、9年の歳月を経て、勿論今でも十分美しいのではあるが、多少の現実感が醸し出されていて、

ふとした表情がどうも久本に似てきている。そう思うとどうしても久本にしか見えなくなってきて、「アン・ハサウェイ、久本雅美」で検索してみると既に同じことを考えている人が結構いて納得するのである。今ではケンミンショーの久本の表情にもアン・ハサウェイの面影をみるようになってしまった。

以前この世の森羅万象を構成する分子>原子のさらにその奥底に量子の振る舞いが支配する世界があって、そこは私たちが認識するこの世界ではないのであるというような事を勉強して、さらには今は宗教的、情緒的、オカルト的で括られている事象や自我や意識までも量子力学の範疇で捉えられるのではないかというような事も本に書いてあったように思う。

この作品でも愛情というものが数値化できれば云々というようなセリフが確かあった。

その伝でいくと、わざわざ深宇宙くんだりまで行かなくても、裏漉し器にのせたジャガイモをヘラでつぶして裏側に押し出すように「あちらの世界」はまったくこの世と背中合わせにあるような感じがするのである。本作で言うと本棚越しに「この世」と「あの世」が接しているシーンがあるけれどあれが自分のイメージに近いかな。

またへたな考えをしつつ2度も見てしまった。


2015/4/11 はじまりのうた

「はじまりのうた-BEGIN AGAIN」
ジョン・カーニー監督作品(2007年 ONCE-ダブリンの街角で)

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都心部では今日の新宿ピカデリーを最後に上映館がなくなってしまうので19時5分から1回こっきりの回に滑り込む。そもそもこの作品は公開当初全米5館でしか上映されず、その後クチコミで1300館にまで拡大公開され、さらには劇中歌「LostStars」は第87回アカデミー賞歌曲賞の候補にノミネートされたという異例の作品です。
私は未見ですが『ONCE ダブリンの街角で』のジョン・カーニー監督作品。
聞くところによると低予算で作られた映画のようで、本編の内容も現実とそのままシンクロしています。

シンガーソングライターのグレタ(キーラ・ナイトレイ)が音楽上のパートナーでもある恋人デイヴ(アダム・レヴィーン)に捨てられた失意の中、ヒョンなことから友人の出演するステージにあがる。それを同じく失意のどん底で見ていた無一文の音楽プロデューサー ダン(マーク・ラファロ)に見初められ。お金もないし、スタジオもない状況で、ギャラは出世払いの約束でかき集めたスタジオミュージシャンや離婚した妻ミリアム(キャサリン・キーナー)の元にいる娘バイオレット(ヘイリー・スタインフェルド)まで引っ張り込んで、無謀にもNYの街中を移動しつつ野外で録音していくというストーリー(レコーディングに引っ張りだされた娘バイオレットの胸熱のベースプレイは必見です)。冒頭ライブハウスでのグレタとダンの出会い、突然のステージにとまどいつつ歌う彼女にキラリと光る原石を感じるや否や、かつて数々の栄誉を獲得した実は凄腕プロデューサー(だった)彼の音魂に火がつき、脳内でドラムが鳴り出し、さらにストリングス、コーラス、ピアノをグレタのボーカルに重ねていくという印象的なシーンがあって、アコースティックギター1本で自信なさげに歌う彼女の歌(観客の反応もいまひとつ)に幾重にも楽器が重ねられ圧倒的な訴求力を持って燦然と輝きだす。
音楽のリテラシーが低い(ないに等しいです)私にも、なるほどミュージシャンというのはこんな具合に音楽を聞いているのかと、束の間、アーティストのグルーブというものを疑似体験させてくれるシーンです。
ダンが音楽について語るシーンも辛うじてWALKMAN隆盛期に青春時代を過ごした私にとっては実感を伴って印象的でした。「風景に音楽を重ねる。すると、殺風景な街並や人々の表情が、輝き出す。」私も早速ダウンロードした「LostStars」を明日の風景に重ねてみることにしよう。「are we all lost stars trying to light up the dark.」
サウンドトラックに収録されているキーラの「LostStars」を始めとする楽曲はその時のダンのシミュレーションをそのまま追体験している気分にさせてくれるし、何より彼女の、ちょいハスキーでナチュラルな歌声に癒されます。